16話:夕食前

「それでは、リディアーナ様、こちらの細工は金と銀を土台に緑柱石をちらばめる、という事で宜しいですかな?」老年の細工師長が訪ねる。
「ええ、御願いするわ。」リディアがカイル王子への祝いにと作らせているのは一振りの剣であった。だが、それは実用というよりは工芸品としての価値がより大きい物だ。アステールには、金や銀を使った緻密で美しい工芸品を作る熟練の細工師達を多く抱えていた。

打ち合わせの後、時間を確認する。ーーまだ夕食までには一刻ほどの時間があった。
リディアは窓の外へ眼をやると、立ち上がって、ゆっくりと外へ出て行った。庭師が精魂込めて作り出した色とりどりの花と薔薇が咲き乱れている。沢山のハナミズキの木々は花を咲かせ、ツツジや梨の花も咲いている。

リディアは、明け方ジェラルドが立ち止まったのと同じ薔薇園の一角まで足を伸ばしていた。
ーーそう、昔はよくここでジェラルドと遊んでいた・・。ジェラルドには9つ年の離れた王位継承者の兄と、5つ下の妹がいる。リディアと一番年の近いジェラルドを連れてよく、隣国のレオナード王は我が国へ遊びにきていた。

幼い頃リディアは心底ジェラルドを慕っており、いつもいつも彼の後をついて遊んでいたあの頃。今でこそ馬鹿王子とののしってはいるが、実際の心の奥底では昔のように彼を信頼している自分がある事も自覚していた。ふと昔の呼び名で彼の名を呼ぶ。「ジェラルド兄様・・・」

胸に軽い疼きと痛みを憶える。15歳になって社交界へのデビューを果たした後から、リディアの元には数えきれないほどの縁談が来ていた。その中で、父がもっとも強く押し願ったのが、ジェラルドとの話だった。もしかしたら隣国のレオナード王が幾度もジェラルドを連れて訪れていたのはそういう思惑があったのだろうか・・・?

そう、リディアは決してジェラルドの事を心から憎んでいる訳ではない。ただ怖いのだ。こんな事を人に言っても笑われるだけだろう。だが、いつの頃からか、ジェラルドのリディアを見る眼が以前と変わったことに気がついていた。彼に熱っぽく見つめられる度、声変わりして少し低くかすれた声で呼ばれる度、そしてリディア・・と彼に触られる度、言いようも無い不安と恐怖がリディアを襲った。そのうち、ジェラルドの方からも、目に見えてリディアに一線置く様になり、見えない壁の様な物が二人の間に出来てしまった。

最初に彼を拒んだのはリディアの方なのだ・・・だがジェラルドは、それでもたまにリディアの様子を伺う様に城に来ていた。
そして先月の見合いの日。いつもの王子らしからぬラフな格好と違い、いつかあの舞踏会で見た様な礼服を来てやってきたジェラルド。膝をつき、リディアの手を取って仰々しく口上を述べ、そして・・「リディアーナ、僕と結婚してくれませんか?」と囁いた。

リディアの頭の中がぐちゃぐちゃになる。違う、そうじゃない・・・私の兄様はこんな風に私を見ては居なかった。怖い・・・彼が、、なんて言えばいいの?
絞り出す様な声でリディアは呟く・・「違う・・ううん、私は、、」ーー私はどうしたい?ジェラルドの事が好きかと聞かれれば、以前であれば即頷いていた。だけどこんな風に・・私はジェラルドの事が好きなの・・?好き・・?ーー
急速に顔色が悪くなって行く、そして「ごめんなさい。私は、私はジェラルドの事をーー」

突然目前から笑い声がする。ジェラルドが声を立てて笑っているのだ。「ジェラルド兄様?」いぶかしげについ昔の愛称で彼を呼ぶ。
笑いを止めるとジェラルドはにやっと笑ってリディアに言った。「ごめんね、冗談を間に受けた?」「じょ、、冗談?」青白かったリディアの頬が赤く染まる。

「そう、冗談・・・だよ。僕はお子様を相手にするほど暇じゃ無いからね。。何もリディアじゃなくても僕のお相手をしてくれる美しい姫君は沢山居る事だし・・?」

かっーと頭に血が上る。「っ最低!この馬鹿王子!」冗談だと言われてほっとした気持ちを奥底に押さえ込んでリディアは走ってその場を去った。

後に残された王子が一人・・・「まだ・・・早い・・か。」彼の本心を彼女はまだ知らない・・

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