閑話:ルーク少年のご主人様観察日記9

そうだ・・・昔、俺はここで・・。記憶が様々と甦る。幼い頃、遊びに来たこの大きな湖で俺は溺れかけ高熱を出して生死の境を彷徨った事があったと母から聞いた覚えがある。あの時、そうだ、俺の家族と仲の良いアステール王の家族は一緒にこの夏の離宮へ遊びに来ていたのだ。
「思い・・だしました。馬鹿ですね、俺、なんで今まで忘れていたのか・・・」
「いや、仕方あるまい、あの時の事はかなりショックが強かったしね。さて、ジェラルド君、今回は私の我が侭に付き合わせてしまって悪かったね。レイモンドから話は聞いているかい?」にやりと笑ってアステール王ギルロイが言った。

「俺と・・リディアの見合いの件ですか。」
「そうだ、君の事は幼い頃から知っているし、どこの馬の骨ともわからぬ輩にリディアをくれてやるより、リディアを強く思う君ならあの子を任せられると思っている。」
「しかし、アステール王、リディアはユフテスの・・・」
「確かにリディアは誰に似たのか頑固で、一度あったきりの・・ユフテスから名前を抹消されている王子の事をずっと今でも思い続けている。不毛な恋だとは思わないかね?実のところ、あの娘は恋愛面に関してはまだまだ子供だ。若かりし頃のうちの妻を思い出して、それはそれで良いのだがね・・だが、あの子も16歳を迎え、他国の王族や貴族から山の様な求婚が来ている。
いずれは、選ばねばならぬだろうが、君は昔からリディアを好いていたからね・・

君にチャンスをあげようと思っているんだよ・・・ジェラルド君・・君はうちの娘を振り向かせる事ができるかい?知っての通り、なかなかガードが固い子だからね。無理矢理あの子に承諾させて、今回の場をこぎ着けた。」

「それでは、やはりリディアも納得してこの場に来た訳では無いのですね?」
「まあ、近頃の君は焦り過ぎと言うか・・・君の気持ちも分からなくはないが、あの子にとってはまだ君のその感情を受け止められるほどには育っていないからね。最近ずっと避けられていただろう?」くくくっとアステール王が含み笑いをしながら俺に問いかける。

「何もかもお見通しという訳ですか・・・。俺は、リディアがこの手に入るなら、何でもします。だが今まではリディアを傷つけてしまうのが怖かった。だから俺の方から距離を置いていたのです。これ以上近づいてしまったら、きっと・・・歯止めが効かなくなる・・」
「そうだね。まあリディアが振り向くかどうかは君次第と言った所かな?言っておくが、確かにこの事をセッティングしたのは俺だが、リディアを泣かせたら・・・許さないよ?」
その場が凍り付く様な強い眼差しで射抜かれる。俺はごくりと喉を鳴らしてゆっくりと頷いた。
「それで、リディアは・・・?」
「今、ロザリアと一緒に湖のほとりを散歩している。もうそろそろ帰ってくる頃だろうな。今日は君も疲れているだろうからゆっくりと休むがいい。祭りの楽しみは明日までとっておかなくてはな?」
部屋をでると、執事が待っており恭しく頭を下げた。
「ジェラルド殿下、お部屋へご案内致します。」執事の後をついて日当りのよい大きめの部屋へと案内された。
「こちらへどうぞ。何かご入用のものがありましたら、いつでも仰って下さい。」
「ありがとう。」
「それにしても・・大きくなられましたな、ジェラルド殿下。以前この館へ来られた時はまだまだ小さな子供でしたが。」執事が感慨深そうに呟いた。
「俺を覚えているのか?」
「さようでございます。ジェラルド殿下の兄君であらせられるパトリック様のことも良く存じております。殿下はここへ逗留されていた時の事をお忘れですか?」

「実は・・この屋敷にくるまで、すっかり忘れていたんだ・・。そんなに記憶力は悪い方ではないのだがな・・。」屋敷から見える澄み切った青い湖を眺めつつ、言葉を紡ぐ。
「あの湖で溺れたことは覚えているのだが、何故、どうして溺れたのか、熱を出して寝込んでいたのか、記憶が曖昧なんだ。」
「そうでしたか・・・。あのときは恐ろしい思いをされましたからショックで記憶を封じ込めたのかもしれませんね。」執事が軽く頷いた。
「お前は知っているのか?その時の事を・・?話してくれ、頭の中に霧がかかったようにその時の事をしっかり思い出す事ができないんだ。」

「ですが・・・知らない方が良い事もあるかと・・。」執事が口ごもる。
「いや、是非とも知りたいんだ。教えてもらえないか?」
「殿下がそこまで仰られるのでしたら・・・少し長い話になりますから、どうぞゆっくりとおすわり下さい。」

僕は持って来た荷物を片付けながら、年老いた執事と殿下のやり取りを見ていた。大切なお話だったら僕は席を外した方が良いのかもしれない。そう思い、殿下に尋ねると。殿下は低く一言、「ルーク、お前もここにいてくれ」と仰られた。
こんな僕でも少しは殿下のお慰めになるのかとちょっと心が躍った。

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