閑話:ルーク少年のご主人様観察日記6

「・・・・まあ、そうですね。しかし、義姉上、本当にこんな夜更けにいかがなされたのです?」

「散歩ですわ。少し飲み過ぎてしまいましたの。パトリックはもう先に寝てしまいましたから。それにこんなに美しい夜ですもの、もったいないと思って。」

「・・・こちらには、もうお慣れになられましたか?パンディッタとは気候から何から全て違うので、大変だとは思いますが。」パンディッタはこの世界に3つある大陸の内、一番大きな大陸、ドーラの中にある。だがその土地の半分は砂漠で、オアシスを中心に幾つかの国が点在していてパンディッタや、リディアーナの母が嫁いで来た祖国スミルナなどといった大国と小さな国がある。平原や豊富な水があり余るこのリムド大陸とは文化や風習もかなり違ったものだという。

「まあ、有り難う御座います。パトリックを初め、こちらの方々は皆お優しくて、私とても感謝していますのよ。たまに・・・そうこういった綺麗な月の晩には祖国を思い出す事もありますが・・・私は此処へ嫁いできた事をうれしく思っております。

そういえば、今日はペイリュード卿がお越しになって、珍しいお菓子を幾つか頂きました。殿下はお菓子はお好きですか・・・?」

「ええ、嫌いではありませんよ。あまり甘すぎるのは苦手ですが・・。ペイリュード候がいらしたのですか・・・。」

「はい。本当に実の娘のように可愛がっていただいてますの・・。今日はなんだかご機嫌の御様子でしたわね、そう言えば・・・殿下のお話も色々とお伺いしました。」

「ほう・・・どんな・・?」
「色々と・・・、殿下の幼い頃のお話ですわ。とてもよく懐かれていらっしゃったのですわね、ペイリュード卿に・・。仲睦まじいご兄弟の御様子が目に見える様でしたわ。それから・・・あと、隣国の美しい姫のお話もお聞きしました。幼馴染みでいらっしゃいますのね。今度、舞踏会でお会いするのを楽しみにしていますのよ。」彼女はそういってジェラルドの目を見据え意味ありげに微笑えんだ。
「いったいどんな話をされたのか・・・、まったく叔父上には困ったものですよ・・。」ジェラルドは苦笑いする。

「ジェラルド様・・・どんな理由であれ、得られるべきチャンスは生かすものですわ。女は蝶の様ですのよ。男が余所見している間に美しい羽を得て、気がついた時には他の花へと飛んで行きますわ。世の中には幾つもの甘い蜜と香りを放つ花がございますもの・・」ジェラルドとは色合いの違う濃い青の光がジェラルドをとらえる。

「義姉上・・」

「ふふ、あまり長話をすると、本当に風邪を引いてしまいますわね。ジェラルド様、私はこの辺で失礼させて頂きます。ですが、あちらこちらの蝶に目移りしている間に本当に欲しい蝶は何処かへ飛び去ってしまうかもしれませんわよ・・・?お気をつけなさいませ・・・」
そういって彼女は小さな衣擦れの音を残して去って行った。

「女は蝶・・・か。」そうかもしれない・・。自分が気がついた時には既に手の中から飛び出していた美しい蝶。その羽を傷つけたくないと考えている間に蝶はより美しくその羽を広げ飛び立ち、存在を誇示するかのように多くの花を惑わす。だが、他人にお膳立てされるまでもなく、あれを逃すつもりは無い・・・。一生俺の・・そう、籠の中で大切にしよう。
部屋に戻ったジェラルドは、シーツを交換し、綺麗にベットメーキングされた夜具の中に潜り込むとつかの間意識を手放した。

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